競馬所得の課税に関する問題
2013/04/19
関東信越税理士界という業界紙に掲載された、私の論説を掲載しました。
馬券とか課税するとちょっと不公平感が強すぎるのでないかなあと。
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競馬所得の課税に関する問題点と対応策
長野支部 宇賀田 伸彦
1.はじめに
最近、競馬による運用収益(5年間の総払戻金額36.6億円-勝馬投票券(以下馬券)総購入額35億円=利益1.6億円)に、総払戻金額を一時所得と認定し5.7億円を追徴課税した事案が報道された[i]。これに限らず、競馬による運用で多額の収益を上げた者に、払戻金が一時所得に該当するという判断が国税不服審判所によって相次いでされていたことが明らかになった。
たまの競馬で的中した馬券の払戻金について一時所得を適用することは、特段問題とならないかもしれない。
一方で、競馬は、研究して計画的・統計的に馬券を購入した場合に継続的利益をもたらす資金運用も可能であり、現実に利益を上げている者もいる。同様の投機的な行為の結果得られる所得との関連で全ての馬券購入者に一時所得を適用することが適切であるかを検討したい。まず、競馬所得の課税事案をもとに検討する
2.事案の概要 (札裁(所)平成24年6月27日採決)
請求人は、日本中央競馬会(以下JRA)とインターネット等を利用して馬券を購入する契約を結びJRA全10場で開催される競馬の多くのレースを購入していた。専用口座で馬券の払戻金額及び馬券購入額の総額は把握できるが、所得は5年間無申告で的中馬券及び購入馬券の具体的履歴は不明である。請求人は、競馬競走における種々のファクターを分析し検討を行い6年間に亘り継続的に年間を通して黒字を確保している。
争点としては、一時所得か雑所得のいずれに該当するか。また経費の範囲がどこまでか。すなわち、課税庁は当たり馬券の購入費用とし、請求人は、年間を通じて購入した馬券購入額全額の控除を主張している
3.一時所得か雑所得か
(1)一時所得となるポイント
所得税法34条は、一時所得を他の8分類の所得(利子、配当、不動産、事業、給与、退職、山林、譲渡)以外の所得で、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務や役務及び資産の譲渡による対価としての性質を有しないものと定めている。所得税法35条(雑所得)は、いずれの所得分類にも該当しないものとしている。これらは「他の所得との非該当性」といった消極的要件により判断される所得類型である点で共通するが、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得(以下継続性の要件とする)」「労務その他の役務又は譲渡の対価としての性質を有すること」[ii]のいずれかを満たせば雑所得、満たさなければ一時所得に該当する。競馬では、馬券の購入と払戻に対価性はないと考えられるので継続性の要件を満たすか否かが問題となる。
(2)「継続性の要件」を満たすか否か
当案件において課税庁は、以下の点から継続性の要件は満たさないものとする。
・JRAが開催する競馬において、馬券の購入とその競走結果に相関関係がない。
・一つの他の競走結果に影響を与えない独立事象である。
・馬券の購入金額よりも大きい払戻金を受け取れるかは飽くまで臨時的、不規則なものであって、払戻金については所得の基礎に源泉性を認めるに足るだけの継続性を有するとはいえない。
・請求人は、過去6年にわたり、安定した払戻金を受けていた事実がある旨主張するが、飽くまで「結果」であり、臨時的、不規則な払戻金が連続しているものだから、本件競馬所得の基礎に源泉性を認めるに足るだけの継続性はない。
・連続して購入していたとしても払戻金の性質としては変わらない。
(3)競馬所得と類似する所得
先物取引、FX取引、オプション取引等による所得は、雑所得等(分離課税のものもある)とされる。これらは、以下の点で馬券による運用と性質が類似している。
・その購入と収益が出るか否かの結果に相関関係がない
・他の同種の取引を継続して行ったとしても相互の結果に影響を与えない独立事象である。
・利益、損失ともに不規則に発生する。
実際、FX取引は「一般に外国為替証拠金取引は投機性の高い取引であり、継続的に相当程度安定した収入が得られる可能性が乏しく本来事業になじみがたい性格を有するものである」[iii]とされている。
先物取引に関しては、一時所得でなく雑所得として認定した名古屋高裁昭和43年2月28日裁決がある。この事案は、いわゆる先物取引による利益の性質が臨時偶発的なものとして納税者側が一時所得を主張したものである。裁判所は、先物取引自体が「かりに一回限りの行為とした場合には一時所得となりうるかもしれないが、本件の如く大量且反復継続しているところからしてみれば、所得源泉ありと認められる」とし雑所得とした。
馬券による運用は、25%のテラ銭が掛かるゼロサムゲームに勝てるかどうかである。先物取引やFX取引、オプション取引でも金融機関の手数料や一部大規模投資家の優位性を含め類似の構造があり、馬券による運用とこれらとの間に継続的な利益を獲得する行為として大差はないと考える。つまり、明らかに運用を目的としている場合にはこれらのいずれかの名目をもって一時所得もしくは雑所得と区別をする合理性はない。
競馬所得は、当然に雑所得でないとしても大量且反復継続していれば、継続性の要件を満たし雑所得とすべきである。FX等と同様、その継続反復の範囲内において、はずれ馬券の購入費用も経費として認めるべきある。
4.裁決の競馬への影響と対応策
今回の裁決により、年間で概ね50万円をある程度超えた払戻を得た全て者に納税義務と税務調査の不安が起こるであろう。競馬所得については、昭和57年5月27日の予算委員会において次の答弁がある。以下抜粋する。「・・・それ以上高くテラ銭はねているところは世界中ない。お客離れしちゃう。(中略)一時所得は必要経費を認める。そうすると、負けた連中が馬券をいっぱい散らしてあるから、そいつを拾って、これだけ使って勝ったんだということになると利益がなくなってしまうし、お前のものじゃないという証拠がないということで・・・。」つまり所得を把握しないことを前提としているようにも思える。
JRAの競馬開催には、1日平均2~3万人が競馬場を訪れ、その何倍のファンが馬券を購入する。競馬は、国民的な娯楽の一つであり文化であり、また国の大きな収入源である。JRAの売上は、2兆4千億弱(平成24年度)で、最低その10%が国庫納付金となる。売上は、一部の高額馬券購入者が支えていることも事実であり、健全な競馬の発展を図るためにも明確で公平な課税ルールを設定すべきである。
私案として、例えば100万円以上の高額払戻者には源泉所得税で対応し、分離課税で申告不要とする方法が考えられる。JRAのみが払戻業務を行っており、現実的に対応可能と思われる。同時に、確定申告と収支表の作成を要件として、雑所得によるはずれ馬券の経費認定を行う方法も選択しうるべきと考える。
不合理な課税ルールによりファンが競馬から遠のくことは、社会全体として気楽に安心して競馬を楽しむ制度、環境を希望する。